インタビュアー:櫛田香織
昨年行われた大阪での個展についてですが註1 、床に土を敷いたという事と,タイトルの 「風葬」は何か関係があったのですか?
実はこの時のセッティングには物語がありました。おおまかに説明しますと、会場全体がコレクターズルームになっていて、写真 にはでてい
ないですが写真1 、壁からちぎれたヒモが垂れ下がり、床には机とイスがあります。自分でも他の誰かでもいいのですがそのイスに座り空想
しているという設定です。 そしてその人物の空想そのものが展示風景なのです。だんだん空想イメージが大きくなり、そこから獣が暴れるよう
なエネルギーがでてきて、それは綱に繋がれていたけれど死んでしまい、やがて風化し、そして肉が土に変わったという、そういう物語をかたち
にしました。
肉が土に?なるほど、肉体は朽ちて土にかえっていく。あ、それで残されたものが骨なんで すか?
はい。それでイスに座っている者はその骨をコレクションし、展示しているのです。壁の中央から展示し、そこから周りへ広がっていき、
まだまだ続くと思わせたかった。(写真1)
そもそも「風葬」とはどういうものですか?
昨年、沖縄に土器作りへ行った時、そこで初めて村の長老から「風葬」のことを聞きました。亡くなった人を2、3年間、洞窟の中に寝かして
おき、それから洗骨をし、パナリ焼きの土器にいれて墓に納めるということでした。
その話を聞いた時どんな気持ちでしたか?
1人の人間の死を長い時間をかけて見守っていくという行為がとても素敵だと思いました。 また死者の霊魂がすごく近いところにあるとい
うことは、残された人がゆっくりゆっくり死と向き合っていく時間ということでもあるのではないでしょうか。
死に対するイメージが変わりましたか?
そうですね。そんなに悲しいものじゃないなと思いました。なんとなく昔から死はそんなに遠いところにあるものではないと思っていました
し。それは自分の終わりの姿という意味で、最後はどんなふうになるのかなあとよく考えますね。 そしてそれに向かって生きていくにはどんな
痕跡を残そうかということは作家になる頃からずっと思っていました。 でも、どうしてこういうテーマに惹かれるのかは自分でもわからないの
です。本当に。だからとても知りたいと思った時期もありました。
作品テーマとして「死」がでてきたのはいつ頃からですか?
2回目の個展の時、すでに骨のかたちがでてきていましたね。その時のDMには「ここは祈りの場、死んだものと残されたものの交流の場であ
る。」という意味の詩を書いていました。註2 私の製作は、どうしてもこうしたいとか、こうやりたいとかというコンセプトから入ってきては
いません。それはいつも降りてくるものだから。それでその時々、製作活動の中で、死にまつわるもの、その前後にあるものをかたちにしてみたい、
または風景として見てみたいという気持ちになります。
焼き物を始められたきっかけは?
突然始めました。たまたま土に触れるきっかけがあり、その時にこれだ!と思いました。
触った時はどんな感じだったのですか?
動悸がしました。すごく素材に惹かれて自分が吸い付くような、手が吸いついていくような感じがしました。忘れられなくなるような。それ
まで、こんな風に惹かれることはありませんでした。その時、「なるべきなんだなあ。」と思って、それはスイッチがONに入った瞬間でした。
岡野さんのサイトで、大好きな文章として、よしもとばななさんの『王国』の中の一部分 を抜粋されています
よね。註3 今のお話を伺っていて、土に触れた時の気持ちは、 あの文章そのものなのかなと思ったのですがいかがですか?
その通りです。私は“土の営業マン”ですね。丹波哲郎さんではないですが(笑)註4 土の良さを紹介するためにやっているのだと思いました。
土にも様々な性質や特徴があるのに、土は足の下にあるものなので人は見落としがちです。 でも焼き物をしている人はそれを掘りおこし、形に
して「ほら、こんなにいいところがあるでしょ、土っていいでしょ」と、見せることができる。たぶんそれが私の役目なんじゃないかなあと思い
ます。
神様が岡野さんに“土の営業マン”という役割を与えたのかもしれませんね?
だから自分が考えていないこともすごく多い。作っている時とか自分の意志ではないところで動かされていると思うことも随分ありました。
でもそれはそれでいいんだと今は思っています。
上の方から動かされていると感じる部分もありつつ、「死」というものに何故か惹かれるという思いは岡野さんの内側から出て来ている部分
ですよね。
そのことで、随分悩んだ時期がありました。体が機械のように動かされているのではないか、それでは自分の意志はどこにあるのだろうかと、
その頃は考え込んで疲れていました。でも今は自然のこととして受け止められるようになりました。
どうしてかと悩まなくなったということですか?
悩まないで流せるようになりました。
解決しようと思わなくなった?
それは生きている間解決できなくてもいいと思いました。死ぬ前頃に何かがわかればいいのかなと、そのくらいに思っています。
岡野さんは“土の営業マン”で、よしもとばななさんは“言葉の営業マン”かな?
よしもとばななさんは言葉で心を開いていく。
開く?
言葉は心に響きます。目には見えないけれど、それを読むことで心が開いていく。読んだ人の心を開いていく。
岡野さんは土でそれをやっていく・・・。
できるといいですよね〜(笑)
岡野さんは「つくる」ということについてどのようにお考えですか?
う〜ん・・・。「つくる」=「生きている」ということでしょうか。何かを作ってうみだしていないと、自分ではないような気がします。それ
に作ったものは結局これが私であるというものにできてしまう。誰もがそういうものだと思いますが。パンを作っていてもこれは私に似ていると
思ってしまう(笑)
それは自分自身をよくわかっていないとわからないことですよね
いやいや全然わかってないです。だけど、できたものによって自分を理解しますね。こういうところが私にはあったのか、私の体の中にこう
いうものをつくる能力があったのかとわかった時はびっくりします。 それと、一見陶芸とは関係ないことでも今思えば階段を踏んでいたんだな
と思うこともあります。
意識に関係なく土へ向かう階段を踏んでいた?
美を愛でる心の他に、陶芸には化学的なことを頭で理解して、実験していくようなところがあります。焼くと言う化学変化があるので。高校
生の時、たまたま理化部に入ったのですが、そこで実験が好きな自分に出会ったのです。 今思えばそれが役立っている。 あるいは、私の両親
は靴の職人をやっていたので、小さな頃から家に帰ると4畳半の部屋には木の丸台や金づちがあり、皮や接着剤の匂いがプンプンしていて、食事の
時間になるとそれらを退かし、ちゃぶ台を出して御飯を食べていました。
ものをつくる過程を自然と見ていたのですね。靴も食事も。
その生活は気に入っていました。ありがたいなって。
ところで「美」の感覚って、広い意味で生命というものを捉えた時に共通する、原始的なものを掴めた時に感じるものかなと思うのですが、
いかがですか?
その記憶はDNAに入っているからそれは掘りおこすかどうかなんじゃないかと思います。そうは思っていても、なかなか掘りおこせないです
が。制作し発表していくうちに今よりもっと原始の風景が見えていくのかもしれません。
2004年のかねこ・あーと2での個展註5を見た時、確かに作品は骨のようなかたちをしているんだけれども、人や動物が亡くなった残骸としての骨
という物質的なものではなく、もう過ぎ去ってしまった、あるいは葬られてしまった感情や思いのようなものの残骸、痕跡だと思いました。
正直私も具体的なものを作っている気持ちはありませんでした。だから見えないもののイメージかもしれないし、おっしゃったように感情など
がかたちとなって現れたのかもしれません。
今回の新作についてお話を伺いたいのですが、まずタイトルの「洗骨」について 聞かせて下さい。
「洗骨」は、「風葬」の後に洗って壺に納める儀式のことです。展示は「洗骨」そのものというよりも、骨が水に浸っているというイメージ
の空間を、ビニールなどを使って表現したいと思っています。
新たな風景を楽しみにしています。ありがとうございました。
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